第二話 『心と肉体と経済と』関連の参考講話 短編集
6、脳死状態の意識の中で
(187ページ『脳死』参照)
以前、警察の方が仰っていましたよね、
「人間の死は、心臓が停止した時であると法律で決められております」
――あれが本当ですね。脳死の人は、まだ生きているんですよ。生きているから身体が動いている訳です。
脳死の人でも、それから少し生きたら、その中で心を通して、何かしら吸収しようと思っているんですよ。終わりの時が来るまで、心の中でやっているんです。
凄いんですよ、人間というものは――。
それを「この人は死んだも同然だ」とやるのは、私は反対ですね。
心臓が止まるまで、心の中でいろんな事をやっているんですね……。
ところが、今度はもう駄目なのに、無理矢理に生かされる人もいるんですね、いろんな治療をされて……。
こういう人は、人生でやるべき事をやらずにきた人が、そういうふうになる事があります。これは大変ですよ。辛いですよ。
医者が診ても、何だか分からない病気で、そのままフラフラ生きているというのは大概それが多いんですよ。こうならないようにしなければいけないですね。
だけど、考えてみたら人間は哀れですよね。中には、一年も二年も三年も……寝ていたり、今度は看病している人が病気になりそうだという人もいますね。
終いに首を絞めて殺してしまったなんていう人も出て来る。人間ぐらい哀れなものはないんじゃないでしょうか。心を忘れるとそうなるんじゃないでしょうか。
「それじゃ、心をちゃんとしたら、早く死ぬんですか?」
と、そういう事じゃないですよね。(笑)ものの見方ですよ。
「早く死んじゃえ」と、そういう事を思いたくなるんでしょうねぇ。
これは、終わる前に、お医者さんにかかったとしても精々半年ですよ。もし半年以上過ぎたとしたら「わたしはここで、もう一回やり直さなければいけない事が、何かあるんじゃないだろうか」と考えた方が良いと思いますよ。
そうしたら、早く終わりますよ。(笑)いや「死んじゃえ」と言っているんじゃないですよ。(笑)
いや大変ですよ、そんな事をして生きていたら……。幾つになっても「死にたくない」って言ってしまう。
寝たきりになっている人を見ると「本当に人間は哀れだなあ」と思いますね。
だけど、そういう老人達が沢山いる処に行って、心の状態を観てみると、物凄く学ぶ事が多いんですね。
また、寝たきりの人で「あれ、この人……」と思って観てみると、本人以外の違う人(次元の違う暗い処の住人)が来て、その人を動かしている場合が多いんですよ。
私達は、そんなふうにならないようにしなければいけない。
もし、そうなったら、どのようにしなければいけないか、ということを知っておかなければいけないですね。
これは何時も申し上げますように、時間が来たら幾ら生きたいと思っても、生きられないんですよ。時間が来なかったら、死にたいと思っても死ねない。
これは自分で死ぬのは別ですけど――。だけど自分で死んだら、とんでもない処へ行ってしまうんですよ。そういうふうになっているんです。
早く死にたいという人は、歯を食い縛りなさい――。
今、もう時間が来た人は諦めなさい――。がっかりして諦めるんじゃなくて「あ、私は終わりなんだな」と思いなさいということですよ。
そうしたらこの前、こんな人いるんですよ、
「先生、家の〇〇は、後どれくらい生きるんでしょうか?」(笑)
「そんな事、知りませんよっ!」(笑)
――そんな事、言ってご覧なさいよ、大変な事になってしまうから……。
しかし、言わなくてはいけない人も中にはいますよ。今までに、三人いるんですよ。高橋信次先生の話を聴いて、一所懸命、心の浄化を図っていった人達ですね。
「分かってますか? あなたは、もう終わりですよ。覚悟を決めてください」
「はい、分かっております」
と、私からそう言われても、慌てませんでしたね、この三人の方々は……。
人間というのは、その時が来たら、みんな分かるようになっているんですよ。
そうすると、時間があるということですね。その時までは、終わる時間というものは、中々分からないんですよ。
そうしたら、今のこの一秒というものは、物凄く大事だということです。
1996年六月