終章
2、そのうちに そのうちに
皆さんもね、折角、高橋信次先生の話を聴いたのですから、是非、今からでも一所懸命にやってみてください。
しかし、やろうと思ってもね「そのうちやるよ、そのうちやるよ」と言って、やる事が出来たためしは無いんですよ。
人間というのは、やろうと思ったら、直ぐやる。しかし、遊ぶ事とか、悪い事は直ぐやってしまいますよね。
ところが、やっても何か損も得も無いような事は、人間は後回しにするんですね。
自分の事を振り返ってみたらそうですね。遊ぶ事は「あっ、行こう」って、サッとやる。ところが「反省しろ」って言ったら「今日はちょっとごめん、明日からやるよ」。明日なったら「ちょっと用事があるから……明後日からね」(笑)と段々そうなってくるんですよ。
この前、守護霊が出て来て、何を言うのかと思ったら、
「私もそうだったけれどもね、本当にこちらから見ていると、物の中の住人というのは哀れだよ」
なんて言うから「変な事を言うなあ」と自分で思ったけれど、本当にそうなんですね。向こうからしてみれば哀れですよ。向こうは正しい世界ですからね。
やはり、そういう哀れと言われるような中で、私達は物の中を通して、一歩一歩歩んで行く――。
皆さんもね、ここにいらっしゃる方は、大方はもう先が無い人ばっかりですよ、悪いですけれどもね……。(笑)まあ、若い人も多少はいるけれども、もう終わりが近い人ばっかりですよ。(笑)私もそうですよね。
皆さん終わる時に「あー、もう、どうしようか」と言っては駄目ですよ。
そして終わった時には、明るくなるか、暗くなるかのどちらかですからね、それをよーく覚えておいてくださいよ。
もし、暗くなったら「あっ、これはいけない、私がちゃんとしていなかったんだな」と、直ぐ思うんですよ……。
「死ぬ時、分かれば良い」と思いますよ。確かに分かれば救われますよ。しかし死ぬ時に、瞬間的に分かるなんていうのは、そんなもの一切ありませんよ。絶対に無い。
私は亡くなった人に――死んだ自分の肉体の傍にいる人に――いろんな事を聞くことがありますけれど「出来ない」って言いますよ。
「瞬間的に分かるなんて私も思っていましたけど、出来ませんでした」
って言いますよ。
そして、この世で今やったものは、死ぬ時に分かる為にやるんじゃないんですよ。
私達は先ず、心の世界を知らなくてはいけない。そして、
一、私は、心の世界の住人なんだ
一、心の世界の中の一寸した時間帯が、今の物質の世界なんだ
――ということなんですね。
そうすると、死ぬという事は、一切無いということですね。
もし死んで終わりだったら、お化けもいないし、私が一寸この肉体から離れて、自分の姿を観る事もないですよ。私はそう思いますね。
私はそういうものを通して、実は話をさせて貰っているんですね。
自分が永遠に生き続けていく、魂のひとこまひとこまの積み重ねが、今なんですよ。
今やっている事が積み重なって、どんどん自分は大きなものになっていく訳です。
我々は、如来とか、仏さんになる訳にいかないんですよ。いかないけれども、自分は自分の器の中で、精一杯成長する事は出来ると思います。